[Deepthink]
小澤征爾 wikipedia より引用 » [ 引用元 ]
小澤 征爾(おざわ せいじ、1935年9月1日 - )は日本人指揮者である。現在は、ウィーン国立歌劇場の音楽監督を務める。
満洲国奉天市(中国瀋陽市)生まれ。父小澤開作は歯科医師。協和会創設者の一人で、親交のあった板垣征四郎と石原莞爾から一字ずつ貰って第三子を「征爾」と命名した。小学生のときに満州からの引き揚げを経験。
成城学園中学校卒業後、齋藤秀雄に指揮を学ぶ。小澤と齋藤は遠縁にあたる。秋山和慶、山本直純らと共に齋藤の下で厳しい指導を受ける。その後、齋藤が教授を務める桐朋学園大学短期大学(現在の桐朋学園大学音楽部)へ入学し、同短期大学を卒業。
短大卒業後、スクーターとともに貨物船で単身渡仏。1959年パリ滞在中に第9回ブザンソン国際指揮者コンクール第1位。ヨーロッパのオーケストラに多数客演。カラヤン指揮者コンクールにて第1位。指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンに師事。1960年アメリカのボストン郊外で開催されたバークシャー音楽祭(現・タングルウッド音楽祭)にてクーセヴィツキー賞を受賞。指揮者のシャルル・ミュンシュに師事。1961年ニューヨーク・フィルハーモニック副指揮者に就任。指揮者のレナード・バーンスタインに師事。同年ニューヨークフィルの来日公演にも同行。カラヤン、バーンスタインとの親交は生涯に渡り築かれた。
1961年にNHK交響楽団(N響)の指揮者に招かれ指揮活動を開始するが、N響は若い小澤の指揮活動に反発を強め、演奏会をボイコットするなどの強行手段に出た。小澤はたった一人で指揮台に立つという苦い経験をさせられ、指揮者を辞任。日本では音楽活動をしないと決め、その後渡欧。(後述)NHK交響楽団とは1995年1月に32年ぶりの共演を果たしている。
1964年シカゴ交響楽団(当時の指揮者はマルティノン)によるラヴィニア音楽祭の指揮者が急病により辞退。急遽、ニューヨークにいた小澤が招聘され、音楽監督として音楽祭を成功に収めた。小澤の名声は全米に知れ渡る。シカゴ交響楽団とはRCAレーベルに複数の録音を残し、日本人指揮者が海外の一流オーケストラを指揮して海外の一流レコード会社からクラシックの名曲の録音を海外市場向けに複数発売したことは画期的な事実であった。
1964年からはトロント交響楽団の指揮者に就任、1968年まで務める。1966年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を初指揮。1970年にはタングルウッド音楽祭の音楽監督に就任。同年サンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任し、1976年まで務めた。
1972年には、フジサンケイグループによる突然の日本フィルハーモニー交響楽団の解散後、楽員による自主運営のオーケストラとして新日本フィルハーモニー交響楽団を創立。小澤はその後、1991年に名誉芸術監督に就任し、1999年9月より桂冠名誉指揮者となっている。
1973年、38歳でアメリカ5大オーケストラの一つであるボストン交響楽団の音楽監督に就任。当初はドイツグラモフォンとの契約でラヴェルのオーケストラ曲集、ベルリオーズのオーケストラ曲集など、ミュンシュの衣鉢を継ぐフランス音楽の録音を続けた。その後グスタフ・マーラーの交響曲全集(「大地の歌」を除く)など、フィリップスへの録音を行った。日本のクラシックファンにとっては、日本人指揮者の演奏をアメリカから逆輸入する形で聴くこととなり、また日本人指揮者の演奏が国際的に有名なレーベルから発売されるのは初めてであった。またボストンでの活動が進むにつれウィーン・フィル、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとするヨーロッパのオーケストラへの出演も多くなる。ボストン交響楽団の音楽監督は2002年まで務めたが、一人の指揮者が30年近くにわたり同じオーケストラの音楽監督を務めたのは極めて珍しいことであった。
タングルウッドには、小澤征爾の功績を記念して日本の電気メーカーNEC、ソニー元社長の大賀典雄などの援助により、SEIJI OZAWA HALL が建設されている。
なお、アメリカを本拠にしての音楽活動が長かったため、アメリカ国内及び海外のマスコミでは、小澤征爾を日系アメリカ人(Japanese-American)とするケースも見受けられる。
1984年9月、恩師である故・齋藤秀雄の没後10年を偲んで、小澤と秋山和慶の呼びかけにより、世界中から齋藤の門下生100名以上が集まり、齋藤秀雄メモリアルコンサートを東京と大阪にて開催。このコンサートが後のサイトウ・キネン・オーケストラとなる。1987年に第1回ヨーロッパ楽旅を行い、ウィーン、ベルリン、ロンドン、パリ、フランクフルトにて成功をおさめる。1992年からはサイトウ・キネン・オーケストラの音楽監督として活動を開始。このオーケストラでもフィリップスへの録音を多く行っており、今までにベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集などを完成させている。
1998年に長野オリンピック音楽監督を務め、世界の国歌を新日本フィルハーモニー交響楽団と録音。長野オリンピック開会式では、小澤指揮によるベートーベン交響曲第9番を演奏。開会式会場と世界5大陸の都市(北京、ニューヨーク、シドニー、ベルリン、ケープタウン)を衛星中継で結び、歓喜の歌を世界同時合唱で結ぶ。
2002年1月、日本人指揮者として初めてウィーン・フィルニューイヤーコンサートを指揮。このコンサートは世界中に同時生中継された。また2002年からはウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めている。
作曲家の武満徹(故人)とは、生前親交が深く、音楽的、人間的に深い繋がりを築いた。演奏会でもしばしば武満の作品を取り上げている。小澤と武満との対談は『音楽(新潮文庫 1984年)』ほか写真集でも発表されている。
最近は精力的な小澤にも体力の衰えが見えてきたのか、2005年暮れからは、体調を崩し、12月に白内障の手術を受けた。 明けて2006年1月半ばには、帰国し、東京都内の病院で帯状疱疹、慢性上顎洞炎、角膜炎と診断され、通院しながら自宅療養の後、ハワイで静養していた。2005年9月に70歳を迎え、国内外のファンは「あと10年くらいは”世界のオザワ”のタクトで「シンフォニー」が聴ける」と楽しみにしていただけに、今回の緊急入院は突然の出来事だった。ウィーン国立歌劇場での聴衆の評価も賛否両論あり、心労が重なっていた様子である。このため、2006年1月27日にアン・デア・ウィーン劇場で上演される予定であったモーツァルトの歌劇イドメネオの指揮をキャンセルすることになった。
2006年2月1日、ウィーン国立歌劇場は今年いっぱいの音楽監督としての活動の一切のキャンセルを発表した。また所属事務所は、東京のオペラの森で指揮予定であったヴェルディ「オテロ」の公演もキャンセルすると発表した。
2006年6月、スイス西部モントルー近郊ブロネで開催された「スイス国際音楽アカデミー」にて指揮活動を再開。また、7月20日には「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトVII」愛知県芸術劇場コンサートホール公演にてマーラーの交響曲第2番「復活」を指揮し、日本国内での指揮活動を再開した。2006年度のサイトウ・キネン・フェスティバル松本も指揮をする予定。2006年3月30日の共同通信の報道によれば、ウィーンでは2007年4月か5月に復帰する予定と歌劇場から発表された。
2007年、総監督ホーレンダーの2010年勇退に伴い、音楽監督小澤征爾の同時退任が発表された。2010年シーズンからの総監督は、ドミニク・マイヤー、音楽監督は、ウェルザー=メストである。
最初の妻江戸京子は三井不動産社長江戸英雄の娘でピアニスト。二度目の妻入江美樹(小澤・ベラ・イリーン)は白系ロシア人貴族の血を四分の一引いているモデルで女優でデザイナー。二度目の妻との間に生まれた娘の小澤征良はエッセイスト。同じく、息子の小澤征悦は俳優である。またミュージシャンの小沢健二は甥にあたる。健二の父である小澤俊夫(開作の次男で征爾の兄)は口承文芸学者で筑波大学名誉教授。征爾の弟である小澤幹雄は俳優でテレビ・リポーターである。
指揮者の齋藤秀雄は親類の一人であり、小澤は「僕は先生の弟子というより近かったわけです。親類だったからね」[1]と発言している。
小澤征爾とNHK交響楽団(N響)が初めて顔合わせしたのは、1961年7月の放送録音であった。翌1962年には、半年間「客演指揮者」として契約。当初は6月の定期を含めた夏の間だけの契約予定だったが、秋の定期を指揮する予定だったラファエル・クーベリックが出演をキャンセルしたため、その分契約期間が延長された。7月4日にはオリヴィエ・メシアンの「トゥランガリーラ交響曲」日本初演を指揮するなど小澤とN響のコンビは順調に活動しているかのように思えたが、9月~10月の東南アジア演奏旅行で何かしらのトラブルがあり、11月にはN響の演奏委員会が小澤に協力しないことを表明。小澤とNHKは折衝を重ねたが折り合わず、ついに第435回定期公演と「第九」公演が中止になる事態となった。
1984年の齋藤秀雄メモリアルコンサートを追ったアメリカのテレビドキュメンタリー(2007年9月にサイトウキネンフェスティバルの企画として、NHKで放送された)で、小澤はこの事件の背景について「僕の指揮者としてのスタイルはアメリカ的で、いちいち団員に指図するやり方だった。でも日本での指揮者に対する概念はそうではない。黙って全体を把握するのが指揮者だ。この違いに加えて僕は若造だった」との趣旨の発言で振り返っている。
なお年が明けた1963年1月17日に一応の和解を果たしたものの、「あの時は『もう俺は日本で音楽をするのはやめよう』と思った」(先のドキュメンタリーでの発言)ほどのショックを受けた小澤が次にN響の指揮台に立つのは32年後のことであった。
1995年1月23日、サントリーホールにおいて小澤とN響は32年ぶりに共演を果たした。このコンサートは、日本オーケストラ連盟主催による、身体の故障で演奏活動が出来ないオーケストラ楽員のための慈善演奏会であり、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチをソリストに迎え、以下の曲目を演奏した。
なお、小澤はこのコンサートを引き受けた理由として「(「小澤事件」を知る)昔の楽員がみんな退職したり亡くなったりしていなくなったから引き受けた」という趣旨の発言をしている。
2005年10月26日には、小澤とN響はNHK音楽祭で再び顔合わせをした。マーカス・ロバーツを共演者に迎え、「子供たちのためのコンサート」と銘打たれたこのコンサートの当初発表されていた曲目は、次のような1時間で収まるプログラムであった。
しかし、打ち合わせが山場を越えた段階になっても、どういう曲目にするかは第5番以外は決まっていなかったようである。最終的には「ラプソディ・イン・ブルー」は、よりジャズ的な要素が強いが内容は難解な「ピアノ協奏曲 ヘ調」に差し替えられ、それに伴って出演者もマーカス・ロバーツ単身ではなく、トリオそろっての来日となった。またNHKが千住明に依頼していたNHK放送80周年記念の委嘱作品「日本交響詩」の初演の場を探していたこともあり、結局以下のような2時間を超えるか超えないかという、「子供向け」にしては盛り沢山なプログラムになった。
コンサートは小澤が時々演奏を止めて曲の解説をするスタイルであり、コンサートの最後は「さくらさくら」の大合唱で締めくくられた。
小澤征爾 はてなキーワード より引用 » [ 引用元 ]
世界的指揮者。ウィーン国立歌劇場音楽監督。*プロフィール1935年、中国のシャンヤン(旧・奉天)生まれ。幼い頃からピアノを学び、桐朋学園で斎藤秀雄氏に指揮を学ぶ。1953年にフランスのブサンソン国際指揮者...
小澤 征爾(おざわ せいじ、1935年9月1日 - )は日本人指揮者である。現在は、ウィーン国立歌劇場の音楽監督を務める。
満洲国奉天市(中国瀋陽市)生まれ。父小澤開作は歯科医師。協和会創設者の一人で、親交のあった板垣征四郎と石原莞爾から一字ずつ貰って第三子を「征爾」と命名した。小学生のときに満州からの引き揚げを経験。
成城学園中学校卒業後、齋藤秀雄に指揮を学ぶ。小澤と齋藤は遠縁にあたる。秋山和慶、山本直純らと共に齋藤の下で厳しい指導を受ける。その後、齋藤が教授を務める桐朋学園大学短期大学(現在の桐朋学園大学音楽部)へ入学し、同短期大学を卒業。
短大卒業後、スクーターとともに貨物船で単身渡仏。1959年パリ滞在中に第9回ブザンソン国際指揮者コンクール第1位。ヨーロッパのオーケストラに多数客演。カラヤン指揮者コンクールにて第1位。指揮者のヘルベルト・フォン・カラヤンに師事。1960年アメリカのボストン郊外で開催されたバークシャー音楽祭(現・タングルウッド音楽祭)にてクーセヴィツキー賞を受賞。指揮者のシャルル・ミュンシュに師事。1961年ニューヨーク・フィルハーモニック副指揮者に就任。指揮者のレナード・バーンスタインに師事。同年ニューヨークフィルの来日公演にも同行。カラヤン、バーンスタインとの親交は生涯に渡り築かれた。
1961年にNHK交響楽団(N響)の指揮者に招かれ指揮活動を開始するが、N響は若い小澤の指揮活動に反発を強め、演奏会をボイコットするなどの強行手段に出た。小澤はたった一人で指揮台に立つという苦い経験をさせられ、指揮者を辞任。日本では音楽活動をしないと決め、その後渡欧。(後述)NHK交響楽団とは1995年1月に32年ぶりの共演を果たしている。
1964年シカゴ交響楽団(当時の指揮者はマルティノン)によるラヴィニア音楽祭の指揮者が急病により辞退。急遽、ニューヨークにいた小澤が招聘され、音楽監督として音楽祭を成功に収めた。小澤の名声は全米に知れ渡る。シカゴ交響楽団とはRCAレーベルに複数の録音を残し、日本人指揮者が海外の一流オーケストラを指揮して海外の一流レコード会社からクラシックの名曲の録音を海外市場向けに複数発売したことは画期的な事実であった。
1964年からはトロント交響楽団の指揮者に就任、1968年まで務める。1966年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を初指揮。1970年にはタングルウッド音楽祭の音楽監督に就任。同年サンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任し、1976年まで務めた。
1972年には、フジサンケイグループによる突然の日本フィルハーモニー交響楽団の解散後、楽員による自主運営のオーケストラとして新日本フィルハーモニー交響楽団を創立。小澤はその後、1991年に名誉芸術監督に就任し、1999年9月より桂冠名誉指揮者となっている。
1973年、38歳でアメリカ5大オーケストラの一つであるボストン交響楽団の音楽監督に就任。当初はドイツグラモフォンとの契約でラヴェルのオーケストラ曲集、ベルリオーズのオーケストラ曲集など、ミュンシュの衣鉢を継ぐフランス音楽の録音を続けた。その後グスタフ・マーラーの交響曲全集(「大地の歌」を除く)など、フィリップスへの録音を行った。日本のクラシックファンにとっては、日本人指揮者の演奏をアメリカから逆輸入する形で聴くこととなり、また日本人指揮者の演奏が国際的に有名なレーベルから発売されるのは初めてであった。またボストンでの活動が進むにつれウィーン・フィル、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとするヨーロッパのオーケストラへの出演も多くなる。ボストン交響楽団の音楽監督は2002年まで務めたが、一人の指揮者が30年近くにわたり同じオーケストラの音楽監督を務めたのは極めて珍しいことであった。
タングルウッドには、小澤征爾の功績を記念して日本の電気メーカーNEC、ソニー元社長の大賀典雄などの援助により、SEIJI OZAWA HALL が建設されている。
なお、アメリカを本拠にしての音楽活動が長かったため、アメリカ国内及び海外のマスコミでは、小澤征爾を日系アメリカ人(Japanese-American)とするケースも見受けられる。
1984年9月、恩師である故・齋藤秀雄の没後10年を偲んで、小澤と秋山和慶の呼びかけにより、世界中から齋藤の門下生100名以上が集まり、齋藤秀雄メモリアルコンサートを東京と大阪にて開催。このコンサートが後のサイトウ・キネン・オーケストラとなる。1987年に第1回ヨーロッパ楽旅を行い、ウィーン、ベルリン、ロンドン、パリ、フランクフルトにて成功をおさめる。1992年からはサイトウ・キネン・オーケストラの音楽監督として活動を開始。このオーケストラでもフィリップスへの録音を多く行っており、今までにベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集などを完成させている。
1998年に長野オリンピック音楽監督を務め、世界の国歌を新日本フィルハーモニー交響楽団と録音。長野オリンピック開会式では、小澤指揮によるベートーベン交響曲第9番を演奏。開会式会場と世界5大陸の都市(北京、ニューヨーク、シドニー、ベルリン、ケープタウン)を衛星中継で結び、歓喜の歌を世界同時合唱で結ぶ。
2002年1月、日本人指揮者として初めてウィーン・フィルニューイヤーコンサートを指揮。このコンサートは世界中に同時生中継された。また2002年からはウィーン国立歌劇場の音楽監督を務めている。
作曲家の武満徹(故人)とは、生前親交が深く、音楽的、人間的に深い繋がりを築いた。演奏会でもしばしば武満の作品を取り上げている。小澤と武満との対談は『音楽(新潮文庫 1984年)』ほか写真集でも発表されている。
最近は精力的な小澤にも体力の衰えが見えてきたのか、2005年暮れからは、体調を崩し、12月に白内障の手術を受けた。 明けて2006年1月半ばには、帰国し、東京都内の病院で帯状疱疹、慢性上顎洞炎、角膜炎と診断され、通院しながら自宅療養の後、ハワイで静養していた。2005年9月に70歳を迎え、国内外のファンは「あと10年くらいは”世界のオザワ”のタクトで「シンフォニー」が聴ける」と楽しみにしていただけに、今回の緊急入院は突然の出来事だった。ウィーン国立歌劇場での聴衆の評価も賛否両論あり、心労が重なっていた様子である。このため、2006年1月27日にアン・デア・ウィーン劇場で上演される予定であったモーツァルトの歌劇イドメネオの指揮をキャンセルすることになった。
2006年2月1日、ウィーン国立歌劇場は今年いっぱいの音楽監督としての活動の一切のキャンセルを発表した。また所属事務所は、東京のオペラの森で指揮予定であったヴェルディ「オテロ」の公演もキャンセルすると発表した。
2006年6月、スイス西部モントルー近郊ブロネで開催された「スイス国際音楽アカデミー」にて指揮活動を再開。また、7月20日には「小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトVII」愛知県芸術劇場コンサートホール公演にてマーラーの交響曲第2番「復活」を指揮し、日本国内での指揮活動を再開した。2006年度のサイトウ・キネン・フェスティバル松本も指揮をする予定。2006年3月30日の共同通信の報道によれば、ウィーンでは2007年4月か5月に復帰する予定と歌劇場から発表された。
2007年、総監督ホーレンダーの2010年勇退に伴い、音楽監督小澤征爾の同時退任が発表された。2010年シーズンからの総監督は、ドミニク・マイヤー、音楽監督は、ウェルザー=メストである。
最初の妻江戸京子は三井不動産社長江戸英雄の娘でピアニスト。二度目の妻入江美樹(小澤・ベラ・イリーン)は白系ロシア人貴族の血を四分の一引いているモデルで女優でデザイナー。二度目の妻との間に生まれた娘の小澤征良はエッセイスト。同じく、息子の小澤征悦は俳優である。またミュージシャンの小沢健二は甥にあたる。健二の父である小澤俊夫(開作の次男で征爾の兄)は口承文芸学者で筑波大学名誉教授。征爾の弟である小澤幹雄は俳優でテレビ・リポーターである。
指揮者の齋藤秀雄は親類の一人であり、小澤は「僕は先生の弟子というより近かったわけです。親類だったからね」[1]と発言している。
小澤征爾とNHK交響楽団(N響)が初めて顔合わせしたのは、1961年7月の放送録音であった。翌1962年には、半年間「客演指揮者」として契約。当初は6月の定期を含めた夏の間だけの契約予定だったが、秋の定期を指揮する予定だったラファエル・クーベリックが出演をキャンセルしたため、その分契約期間が延長された。7月4日にはオリヴィエ・メシアンの「トゥランガリーラ交響曲」日本初演を指揮するなど小澤とN響のコンビは順調に活動しているかのように思えたが、9月~10月の東南アジア演奏旅行で何かしらのトラブルがあり、11月にはN響の演奏委員会が小澤に協力しないことを表明。小澤とNHKは折衝を重ねたが折り合わず、ついに第435回定期公演と「第九」公演が中止になる事態となった。
1984年の齋藤秀雄メモリアルコンサートを追ったアメリカのテレビドキュメンタリー(2007年9月にサイトウキネンフェスティバルの企画として、NHKで放送された)で、小澤はこの事件の背景について「僕の指揮者としてのスタイルはアメリカ的で、いちいち団員に指図するやり方だった。でも日本での指揮者に対する概念はそうではない。黙って全体を把握するのが指揮者だ。この違いに加えて僕は若造だった」との趣旨の発言で振り返っている。
なお年が明けた1963年1月17日に一応の和解を果たしたものの、「あの時は『もう俺は日本で音楽をするのはやめよう』と思った」(先のドキュメンタリーでの発言)ほどのショックを受けた小澤が次にN響の指揮台に立つのは32年後のことであった。
1995年1月23日、サントリーホールにおいて小澤とN響は32年ぶりに共演を果たした。このコンサートは、日本オーケストラ連盟主催による、身体の故障で演奏活動が出来ないオーケストラ楽員のための慈善演奏会であり、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチをソリストに迎え、以下の曲目を演奏した。
なお、小澤はこのコンサートを引き受けた理由として「(「小澤事件」を知る)昔の楽員がみんな退職したり亡くなったりしていなくなったから引き受けた」という趣旨の発言をしている。
2005年10月26日には、小澤とN響はNHK音楽祭で再び顔合わせをした。マーカス・ロバーツを共演者に迎え、「子供たちのためのコンサート」と銘打たれたこのコンサートの当初発表されていた曲目は、次のような1時間で収まるプログラムであった。
しかし、打ち合わせが山場を越えた段階になっても、どういう曲目にするかは第5番以外は決まっていなかったようである。最終的には「ラプソディ・イン・ブルー」は、よりジャズ的な要素が強いが内容は難解な「ピアノ協奏曲 ヘ調」に差し替えられ、それに伴って出演者もマーカス・ロバーツ単身ではなく、トリオそろっての来日となった。またNHKが千住明に依頼していたNHK放送80周年記念の委嘱作品「日本交響詩」の初演の場を探していたこともあり、結局以下のような2時間を超えるか超えないかという、「子供向け」にしては盛り沢山なプログラムになった。
コンサートは小澤が時々演奏を止めて曲の解説をするスタイルであり、コンサートの最後は「さくらさくら」の大合唱で締めくくられた。
小澤征爾 はてなキーワード より引用 » [ 引用元 ]
世界的指揮者。ウィーン国立歌劇場音楽監督。*プロフィール1935年、中国のシャンヤン(旧・奉天)生まれ。幼い頃からピアノを学び、桐朋学園で斎藤秀雄氏に指揮を学ぶ。1953年にフランスのブサンソン国際指揮者...









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[詳 細] ガーシュウィン:ラプソディ・イン・ブルー ≪アイ・ガット・リズム≫変奏曲/≪なまず横町≫組曲 / 小澤征爾(cond)
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