[Deepthink]

アレクセイ・イグナショフ wikipedia より引用 » [ 引用元 ]
アレクセイ・イグナショフ(Alexey Ignashov、1978年1月18日 - )は、ベラルーシ出身のキックボクサー。身長196cm、体重116kg。チヌックジム所属。K-1を中心に活動し、総合格闘技も経験している。ニックネームは「レッド・スコーピオン」「毒サソリ」「ベラルーシの赤サソリ」。参戦当初は「アーツ2世」「東欧のアーツ」とも言われていた。
196cmの長身から繰り出される膝蹴りが得意。この膝は「レッド・スコーピオン(赤いサソリ)」と表現され、それがそのままイグナショフを表す代名詞となった。2003年以降はパンチを主とするカウンター狙いのファイトスタイルになっている。
2005年の夏に大学院を卒業し、以後は進路をプロ格闘技一本に絞っている。
現在は活動の拠点をニュージーランドに移している。
アマチュアキックボクシングの世界選手権で優勝。
1999年10月24日、オランダで開催されたIt's Showtimeでロブ・カーマンの引退試合の相手を務め、判定負け。
2000年8月20日、K-1 WORLD GP 2000 in YOKOHAMAで初来日。GP1回戦でマット・スケルトンに判定負け。
2001年7月20日、K-1 WORLD GP 2001 in NAGOYAの準々決勝でピーター・マエストロビッチと対戦。膝蹴りでダウンを奪い判定勝ちを収める。準決勝ではアンドリュー・トムソンから同じく膝蹴りでダウンを奪取しKO勝ち。決勝戦でロイド・ヴァン・ダムと対戦し、延長1R判定勝ちを収め東京ドームへの切符を手にする。
2001年12月8日、K-1 WORLD GP 2001 in TOKYOの決勝大会で、ニコラス・ペタスと対戦。2R、イグナショフの首相撲からの膝蹴りでKO勝ち。続く準決勝では、フランシスコ・フィリォと対戦。前蹴りでフィリォを苦しめるが、フィリォのローキックで徐々にペースを奪われ判定負け。敗れはしたものの、この大会で優勝を果たしたマーク・ハントと同様、インパクトを残す結果となった。
2002年はビヨン・ブレギーに5RKO勝ち、ピーター・アーツに判定勝ちするが、GP開幕戦でステファン・レコに判定負けを喫する。
2003年、パリ大会でパヴェル・マイヤー、アレクサンダー・ウスティノフ、シリル・アビディを下しトーナメントを制し、開幕戦の切符を手にする。福岡大会ではヤン・"ザ・ジャイアント"・ノルキヤをローキックでマットに沈め、谷川貞治プロデューサーに「今年の優勝候補」、また角田信朗に「ホーストよりも説得力のあるローキックを出し始めている。」と評価される。続く大阪の開幕戦ではマイク・ベルナルドを2RKOで沈め、関係者やメディアからは、ステファン・レコと並び2003年のGP優勝最有力候補と称される。しかし、12月の決勝トーナメントではピーター・アーツに完封され判定で敗れ、初戦敗退。
2003年12月31日、K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!!で中邑真輔と総合格闘技で対戦。第3Rに膝蹴りで中邑からダウンを奪いレフェリーストップ勝利となった(この膝蹴りで中邑は鼻骨を亀裂骨折した)。しかしすぐさま起き上がった中邑からカウントも取らずに即レフェリーストップとなったことに対し、中邑からクレームが付き、後に「無効試合」となった。
2004年5月20日、It's Showtimeでセーム・シュルトを秒殺し1RKO勝ちを収める。その後飛行機で日本に直行するという強行スケジュールを実行(これはイグナショフ本人ではなく、陣営の責任と言える)。そして5月22日のK-1 ROMANEXにおいて中邑真輔と総合格闘技で再戦したが、中邑にギロチンチョークでタップアウト負け。
2004年9月25日、K-1 WORLD GP開幕戦でガオグライ・ゲーンノラシンと対戦。延長戦の末、まさかの判定負けを喫した。試合後イグナショフは「あと3kg絞るべきだった、相手を過小評価していた。」とコメントしている。
2005年2月13日、ビヨン・ブレギー戦で、3Rに膝を負傷しKO負けを喫した。この対戦で負った膝の怪我を引き摺ったまま、4月にピーター・グラハムと対戦。延長まで縺れるも惜しくも判定負け。続いて、5月には内田ノボルと対戦。蹴りが使えず判定負けを喫した。そのため、6月に膝の手術を決行し、無事に成功する。そして3ヶ月の休養と準備期間を設けた。
2005年9月23日、K-1 WORLD GP開幕戦ではワンマッチで前年度王者レミー・ボンヤスキーと対戦。互いにジャブ、ストレート、ロー、膝の繰り出し合いの熱戦となった。試合は延長までもつれるも延長ラウンドの差で惜しくも判定負けとなった。
2006年、タイでアパートを借りて、一ヶ月間トレーニングをして再起を図る。5月のオランダ大会の準々決勝でピーター・ボンドラチェックを右ストレートで下す。しかし、準決勝でリザーバー上がりの新星ゴクハン・サキ(グーカン・サキ)に判定負け。この試合、イグナショフは終始サキの攻撃を防御するに止まり、殆ど反撃できなかった。
2006年8月12日、K-1ラスベガス大会でイマニー・リーを相手に僅差の判定勝ちを収めた。しかし足の怪我により準決勝を辞退。
2007年2月24日、新星のアティラ・カラチと対戦しKO勝ち。しかし、練習中に親指を負傷したことなどもあってか、結局2007年シーズンは一度も本戦には出場できなかった。

アレクセイ・イグナショフ はてなキーワード より引用 » [ 引用元 ]
ベラルーシ国籍の格闘家。1978年1月18日生。 196cm, 108.5kg 。*主なタイトル歴W.M.C.世界ヘビー級チャンピオン '99,'00I.S.K.A.世界ヘビー級チャンピオン '99,'00W.P.K.L.ヨーロッパチャンピオンK-1ヨー...
K-1 WORLD GP 2005 IN PARISK-1 World GP 2006 in Amsterdam/SeoulK-1 WGP 2003 in 東京ドーム 決勝戦
[詳 細] K-1 プレミアム 2003 Dynamite!!ポニーキャニオンUsed Price ! 99
TOA アレクセイ・イグナショフ 中邑真輔
[詳 細] K-1 WORLD GP 2000 EPISODE2 in横浜プライエイド
中迫剛 アレクセイ・イグナショフ
[詳 細] K-1 WORLD GP 2002 in PARISフジテレビUsed Price ! 3000
鎌田成穂 落合史生 アレクセイ・イグナショフ
[詳 細] K-1 WORLD GP 2005 IN PARIS3000 円 フジテレビUsed Price ! 3500
アレクセイ・イグナショフ
[詳 細] K-1 World GP 2006 in Amsterdam/Seoul4080 円 ポニーキャニオン
富平辰文 アレクセイ・イグナショフ
[詳 細] K-1 WGP 2003 in 東京ドーム 決勝戦1512 円 フジテレビUsed Price ! 1850
アレクセイ・イグナショフ


deepthink